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日光修験秘法〜清滝神社での顕密護摩

日光修験ゆかりの霊迹を巡る一日修行の最終地は、清滝でした。

 

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栃木県神社庁のサイトによると、弘法大師空海が日光に来山された折、岩壁を流れ下る一条の滝を目にし、「かつて、役小角と雲遍上人が中国の大鷲山の清滝というところで、奇跡に逢った時の話を思い出し」この地を清滝と名付けたとされています。

 

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弘法大師は、大海津美神(おおわたつみのかみ)を主祭神として清滝神社を、その西側には密教の灌頂道場である清瀧寺を創建し、清滝の水が灌頂水として使われていたといわれます。

そのため日光山では古来より慈覚大師円仁の法華円教と弘法大師空海の真言密教が双修されていたと伝えられています。

 

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現在は清瀧寺の堂宇のみ再建されています。

弘法大師が密教を学ばれた大唐長安の青龍寺の鎮守であった清龍権現は、弘法大師を慕って海を渡って来られたため、龍の字に氵(さんずい)がついて清瀧権現とお呼びするようになったとか。

 

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清滝権現をお祀りする清滝神社境内で、日光修験だけに伝わる秘法である顕密護摩が厳修されました。

 

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山王院境内にも鳥居がついた顕密護摩壇があり、火渡り火生三昧を行わない採灯護摩の時には、この顕密護摩壇で修法されます。

 

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この日の顕密護摩にはさまざまな神仏が炎をもってお姿を荘厳なさいました。

 

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ありがたいことに、霊感のない私でも護摩修法中にそれとわかるくらいはっきりと宝珠を捧げ持った善女龍王(清滝権現)や龍神様がお姿を現してくださいました。

 

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弘法大師空海に示現された滝尾権現(田心姫命(たごりひめのみこと))の霊域から、日光開山勝道上人の御廟、法頭が法流を嗣がれた妙覚院ゆかりの荒沢不動、そして弘法大師ゆかりの清滝権現社での顕密護摩と、日光修験の源流に触れた一日修行を終え、山王院で御本尊様に無魔成満のご報告を申し上げました。

 

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(文責:慧乗)

日光修験の聖地〜開山堂と荒沢不動

滝尾神社から日光の御開山である勝道上人をお祀りする開山堂までの滝尾道には、日光山座主であった昌源が植樹したとされる樹齢500年を超える老杉(昌源杉)が立ち並んでいます。

 

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滝尾道の道中には、関ヶ原の戦いで徳川家康が騎乗したとされる神馬(しんめ)の碑や、滝尾権現(田心姫命(たごりひめのみこと))が手を掛けたと伝えられる手掛石、筑紫安楽寺の大鳥居信幽が勧請した菅原道真をお祀りする北野神社があります。

 

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日光の御開山である勝道上人は、入寂されたのち開山堂の上にあった仏岩で荼毘に付されましたが、仏岩が崩落したためこの地に御廟が建てられたといいます。

 

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開山堂は朱塗りのお堂で、中には勝道上人の御本地である地蔵菩薩と十大弟子がお祀りされ、往古には御供所もあって勝道上人に御膳が御供えされていたそうです。

 

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開山堂の裏手の勝道上人の御墓に五輪塔が建てられ、その奥の岩窟には不動明王を中心に六部天の像が立ち並んでいます。

 

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開山堂のすぐ左手には観音堂(産の宮)があり、まっすぐ進むようにと将棋の香車がたくさん奉納されています。

観音堂の裏手には陰陽石があり、安産や子宝の願いが託されていたようです。

御廟と産の宮、死と誕生が交わる接点がここ開山堂であり、修験の究極奥義である柱源(はしらもと)を彷彿とさせる象徴のように思えました。

 

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滝尾山の霊気と開山堂までの森のフィトンチッドをたっぷり浴びた山王院の修験者一行は荒沢不動に移動しました。

荒沢は裏見の滝として知られており、この荒沢一帯は真言系修験の妙覚院先徳が天海僧正より管理を任されていました。

 

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山王院の伊矢野法頭は妙覚院の正嫡法嗣であることから、荒沢口の地蔵尊を建立される際に、妙覚院列祖先徳の菩提を弔う意味も込められたといいます。

 

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マイナスイオンを存分に浴び遠くから轟々と響く滝の音を聞きながら、荒沢奥の裏見の滝を目指します。

日光には俗に七十二滝といって名瀑が数多くあり、裏見の滝は日光三大名瀑に数えられることもあります。

 

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以前は裏見の滝の裏にお祀りされている不動尊まで小道がつながっていて、松尾芭蕉が「暫時は滝に籠もるや夏の初」と句を詠んだことで有名です。

 

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荒沢不動尊に御法楽を捧げた後、行者一行は清滝を目指しました。

 

次回へ続く。(文責:慧乗)

日光修験の源流に触れる〜滝尾山

去る7月10日に山王院では、日光修験に所縁の霊迹を巡る一日修行を行いました。

日光修験の発祥の地ともされる滝尾神社周辺は、白糸の滝、酒の泉など隠れパワースポット(?)とされる場所が点在する、今なお神気溢れる霊域です。

 

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吉野の丹生川上神社から勧請された罔象女神(みつはめのかみ)をお祀りする滝尾高徳水神社脇から、白糸の滝を左手に緑の中に佇む2基の灯籠の間の石畳の階段を登ります。

 

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日光に来錫された弘法大師空海が、この地で滝尾権現が示現を蒙られたと伝えられる苔むした影向石が別所跡に静かに鎮座されています。

 

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さらに石畳を進み運試しの鳥居を抜けると、緑の中に鮮やかな朱塗りの楼門(桜門:重要文化財)が姿を現します。

ここが女峰山の神霊である滝尾権現がお祀りされている滝尾神社です。

 

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滝尾神社拝殿脇の更地は、本地堂、千手堂、根本日満社などがあった場所で、強飯などの修験の行はこの地で盛んに行われていたなど、その昔は隆盛を極めていたそうです。

ここの千手堂は山王院に移築することになっていましたが、損傷が著しかったため千手堂の礎石だけを山王院本堂に移したそうです。

 

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縁結びの笹の脇を抜け、流造の本殿で御法楽を捧げた後、無念橋(願い橋)を渡り、三本杉前で勤行しました。

 

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三本杉は滝尾神社の御祭神である滝尾権現(本地:阿弥陀如来、垂迹:田心姫命(たごりひめのみこと)、応用の天:大弁財天女)の御神木でもあり、その昔、滝尾権現が何度も御神威を現されたと伝えられる、滝尾神社境内で最も御神気が強い場所です。

 

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三本杉から宇賀之御魂神(うかのみたまのかみ)をお祀りする滝尾稲荷社前を通り、酒の泉から子宝石を経由して、石畳の参道を下ります。

 

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参道脇の古い様式の石仏と毘沙門天を祀る外山(とやま)を遙拝しながら、開山堂に向かいました。

 

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次回に続く。(文責:慧乗)

如意宝珠王修儀成満

百十五ヶ日間の「宇賀耶頓得如意宝珠王修儀(修儀)」を無魔成満いたしました。

 

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「修儀」は弁財天浴酒供の前に修行することになっている行で、1月の初巳の日から百八ヶ日間、朝3時に起きて精進潔斎し自坊で行を続けてきました。

 

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百八ヶ日の行に引き続いて、七日間で百八ヶ座の行法をぶっ通しで行う「修儀頓成」を山王院に籠もって修行しました。

 

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「修儀」を伝授していただいた鎌倉・金翅鳥院の羽田守快師は、以下のように書かれています。

弁財天修儀は浴酒供に先だって修行されるもので、内容的には六段の講式を読み念誦を加えるのであるが、これをまず百八ヶ日行い、続いて「修儀頓成」として、さらにまた七日間ぶっとおしで百八ヶ座行うというものである。

(中略)

この行は、とりわけ後半の七日行が非常に苦しく、食べることはおろか、眠ること出来ないので相当の難行である。

(中略)

私はこの行法を四十代になって後者の便法で行ったが、それでも成満したときには歯が二本も抜け落ち、過労による疱疹(ヘルペス)までも出た。これによっても、この行の苦しさを想像していただけることと思うが、その時につくづく思い知らされたのは、こういう苦行は、やはりできるだけ若いうちにやっておくべきものだということである。

羽田守快・著『天部信仰読本』青山社

羽田先生に倣って私も便法で行いましたが、その苦しさは加行の比ではなかっただけに、成満できたときの喜びはこの上ないものでした。

 

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ひとえに師匠と御内儀の助法があったからこそ無魔成満できましたことを、この場をお借りしてあらためて感謝申し上げます。

とくに、毎日の精進料理の数々にはすごく癒されました。

 

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真剣に修行に取り組んでみたい方、真摯に心の本質を求めてみたい方は、 山王院までお問い合わせください。

 

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慧乗

 

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