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日光修験の源流に触れる〜滝尾山

去る7月10日に山王院では、日光修験に所縁の霊迹を巡る一日修行を行いました。

日光修験の発祥の地ともされる滝尾神社周辺は、白糸の滝、酒の泉など隠れパワースポット(?)とされる場所が点在する、今なお神気溢れる霊域です。

 

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吉野の丹生川上神社から勧請された罔象女神(みつはめのかみ)をお祀りする滝尾高徳水神社脇から、白糸の滝を左手に緑の中に佇む2基の灯籠の間の石畳の階段を登ります。

 

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日光に来錫された弘法大師空海が、この地で滝尾権現が示現を蒙られたと伝えられる苔むした影向石が別所跡に静かに鎮座されています。

 

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さらに石畳を進み運試しの鳥居を抜けると、緑の中に鮮やかな朱塗りの楼門(桜門:重要文化財)が姿を現します。

ここが女峰山の神霊である滝尾権現がお祀りされている滝尾神社です。

 

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滝尾神社拝殿脇の更地は、本地堂、千手堂、根本日満社などがあった場所で、強飯などの修験の行はこの地で盛んに行われていたなど、その昔は隆盛を極めていたそうです。

ここの千手堂は山王院に移築することになっていましたが、損傷が著しかったため千手堂の礎石だけを山王院本堂に移したそうです。

 

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縁結びの笹の脇を抜け、流造の本殿で御法楽を捧げた後、無念橋(願い橋)を渡り、三本杉前で勤行しました。

 

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三本杉は滝尾神社の御祭神である滝尾権現(本地:阿弥陀如来、垂迹:田心姫命(たごりひめのみこと)、応用の天:大弁財天女)の御神木でもあり、その昔、滝尾権現が何度も御神威を現されたと伝えられる、滝尾神社境内で最も御神気が強い場所です。

 

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三本杉から宇賀之御魂神(うかのみたまのかみ)をお祀りする滝尾稲荷社前を通り、酒の泉から子宝石を経由して、石畳の参道を下ります。

 

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参道脇の古い様式の石仏と毘沙門天を祀る外山(とやま)を遙拝しながら、開山堂に向かいました。

 

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次回に続く。(文責:慧乗)

如意宝珠王修儀成満

百十五ヶ日間の「宇賀耶頓得如意宝珠王修儀(修儀)」を無魔成満いたしました。

 

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「修儀」は弁財天浴酒供の前に修行することになっている行で、1月の初巳の日から百八ヶ日間、朝3時に起きて精進潔斎し自坊で行を続けてきました。

 

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百八ヶ日の行に引き続いて、七日間で百八ヶ座の行法をぶっ通しで行う「修儀頓成」を山王院に籠もって修行しました。

 

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「修儀」を伝授していただいた鎌倉・金翅鳥院の羽田守快師は、以下のように書かれています。

弁財天修儀は浴酒供に先だって修行されるもので、内容的には六段の講式を読み念誦を加えるのであるが、これをまず百八ヶ日行い、続いて「修儀頓成」として、さらにまた七日間ぶっとおしで百八ヶ座行うというものである。

(中略)

この行は、とりわけ後半の七日行が非常に苦しく、食べることはおろか、眠ること出来ないので相当の難行である。

(中略)

私はこの行法を四十代になって後者の便法で行ったが、それでも成満したときには歯が二本も抜け落ち、過労による疱疹(ヘルペス)までも出た。これによっても、この行の苦しさを想像していただけることと思うが、その時につくづく思い知らされたのは、こういう苦行は、やはりできるだけ若いうちにやっておくべきものだということである。

羽田守快・著『天部信仰読本』青山社

羽田先生に倣って私も便法で行いましたが、その苦しさは加行の比ではなかっただけに、成満できたときの喜びはこの上ないものでした。

 

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ひとえに師匠と御内儀の助法があったからこそ無魔成満できましたことを、この場をお借りしてあらためて感謝申し上げます。

とくに、毎日の精進料理の数々にはすごく癒されました。

 

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真剣に修行に取り組んでみたい方、真摯に心の本質を求めてみたい方は、 山王院までお問い合わせください。

 

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慧乗

 

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4月 月献供

4月30日月献供を行ないました。この日の献立は筍の煮物、胡麻豆腐、いんげんの胡麻和え、キャベツと茗荷のお味噌汁と白飯です。お天気がよくて気持ちよく一座の月献法要を修することが出来ました。

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